風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
Grau Garrigaへのオマージュ
モダン・タペストリーの先駆者だったジョセップ・グラウ-ガリーガ氏(Josep Grau-Garriga)が亡くなった。享年82歳。カタルーニャ・タピス学校(Escola Catalana de Tapis)の創始者のひとりである。




私は何よりもこの人の色彩感覚が好きだ。タペストリー職人として培われた確かな技術に、自由で豊かな発想、そして深みのある色彩。我が街で9月から開催される個展のオープニングに顔を見せる予定だったのに、その直前にフランスのアンジュで亡くなった。思いがけずも回顧展となってしまった訳で、先日の日曜の朝、誰もいない美術館でのんびりと作品を見てきた。ここは写真を写そうが作品に触れようが、別段とがめ立てする人がおらず、タペストリーを見るには最高の環境だ。こんな風に間近かでじっくり眺めてみる。





アンジュ(Angres)には彼の師であるジャン・リュルサ(Jean-Lurçat)美術館がある。アンジュ城には「ヨハネの黙示録」をテーマにした、現存する世界最古のタペストリー「黙示録のタピストリー」(14世紀)があり、この作品に啓示を得て制作されたのがジャン・リュルサの「世界の賛歌」という素晴らしい10枚連作のタピストリー。12世紀の施療院だった建物が博物館になっており、そのボールト天井の病室に収められているんだとか。行って、実物を見たい。静かにその前で佇みたい。

これはジャン・リュルサの「太陽」という作品。幻想的、かつ神話的世界。彼は伝統的タピストリーの技法を駆使しつつ、新しいタピストリーの世界を切り開いた。それをさらに発展させ、より自由な造形芸術へと進めたのがグラウ-ガリーガやロヨだった。




私の好きなタピストリーのひとつに、パリのクリュニュー美術館の「貴婦人と一角獣」がある。あの石造りの城館の薄暗い展示室の中で初めて見た時の感動は、「かほどに大きなタピストリーを飾りうる空間」を持つ文化について、初めて皮膚感覚で教えてくれた事によるものだった。そのあまりの空間性に圧倒された覚えがある。日本の居住空間では生まれえなかったものだ。茶室空間の融合観とは違う、もっと物質的な力を感じた。

中世に発展したタペストリーは、石造りの城館の暖をとるためや、間仕切り扉の代わりにも使われる実用性、しかも巻いて運べる利便性から絵画よりも貴重な工芸品だった。純粋にタペストリーと呼ばれるものはいわゆるつづれ織りで、経糸が見えないほどに密に織られた横糸で図柄を描くのだが、刺しゅうなどで作られた壁掛をも広義では示している。



これはカタルーニャのジロナ大聖堂に残る「天地創造」のタピス。11世紀のもので刺繍で出来ているのだが、約1000年を経たものとしては保存状態は良好である。全能者キリストを中心に頂き、その周りに旧約聖書の物語が織り込まれていて、当時の人々の信仰の強さとその明るさを伺わせる。私がロマネスクが好きなのは、そこにまだ無心さが宿っているからかもしれない。

ここには宇宙がある。私たちは宇宙を織り込む事もできるのだ。だが芸術作品と言うのはその前に立ってみなくては、何も解らない。その色もテクスチャーも、そしてその作品の持つ空間性も。私は昔、美学を専攻する大学院生を恋人にしていた事があるが、実際に見た事もない作品を画集からだけで論じようとするのか、できるのか、謎だった。どうしても理解できなかった。創作者と観察者の溝は深い。


「世界の歌 Le Chant du Monde」ジャン・リュルサ作


タペストリーには空間が何よりも重要だ。床の間の掛け軸と同じだ。ある空間が存在し、そこを宇宙にする為、あるいは宇宙と融合する空間を生み出す為に創作されるのだとしたら、私たちは自分の宇宙をも創り出す事が出来る。モノを創る人間における世界感、宇宙感。不可侵とはそこにこそある。そんな事を思ってしまう秋の夕べ。やっと思索的になれそうな気温になって来た、ってことかな?

| るな | タピストリー | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0) | -
カサ・アイマット
私の住む街サン・クガットには、かつて現代タピストリーの為の先駆けとなった学校があった。Escola Catalana de Tapis である。この学校はもともとCasa Aymatという織物工房を土台としている。1916年にカタルーニャ州営鉄道(スペインで最も正確な鉄道会社だと思う)が、バルセロナとテラサ、サバデルという産業革命により一躍、繊維工場地帯となった村々とを結ぶ路線を開通。その中間に位置するサン・クガット村に1920年、Tomas Aymat氏が自分の工房を開設した。そして1926年、織物工房カサ・アイマットを立ち上げ、伝統的な絨毯とタピストリーの注文制作にあたった。

タピス学校

1939年のスペイン内戦により大きな痛手を受けた後、中国などからの安い繊維流入によって、カタルーニャの繊維工業も斜陽となり、工房は既に閉鎖になって久しいが、建物の一部が現存しており、4年ほど前に市がタピストリー博物館として開館した。市広報を読んでいたらガイド付きで館内を案内してもらえる日があったので、サンクガット市民であれば無料でもあることだし、ぽかぽかと気持ちの良い小春日和の中、散歩がてらに早速お出かけ。

工房は2つに分かれていたそうで、絨毯は女性が、タピストリーは男性が織っていたそうだ。タピストリーは伝統的なゴブラン織りだったが、工場から買い付けた糸を工房で4000色の糸を染め出していたそうだから、カタルーニャ随一の工房だった。ここで制作された作品にはCasa Aymatのロゴが織りだされている。

カサ・アイマット

やがてJosep Gurau Garriga、Josep Royo、Carlos Delclauxというサンクガット生まれの若者たちが、この工房で現代的なタピストリーを手掛けるようになる。そしてミロ(Miro)との共同作業により、ヨーロッパ随一の現代タピストリー工房になったわけだ。この3人がカタルーニャ・タピス学校の創設者でもある。

ガリーガのタピス

これは創設者のひとりガリーガ(Garriga)の作品。下絵と一緒に展示されている。嬉しいのはガイド付きだと作品に触り放題だという事で、裏側を捲ってみたり、テキスチャーの違いを指先で確認できたりと、非常にありがたい。1929年生まれのガリーガ氏は今も健在だそう。

ロヨのタピストリー

こちらはロヨ(Royo)の作品。ミロとの共同制作で名高いが、彼自身の作風はどちらかといえば地味な色遣いが特徴だ。14歳から工房で働き始めたというロヨは、この工房が閉鎖になるとやがてタラゴナへと工房を移し、ミロとの共同作品を手がけて行くことになる。併設されていたタピストリー学校は、デルクラウ(Delclaux)が新天地ジロナで引き継ぐこととなり現在に至っている。

見学者は我々夫婦を含めて4人、のんびりゆったりした日曜の朝の美術館巡りも悪くない。

| るな | タピストリー | 12:37 | comments(0) | trackbacks(0) | -
ミロ−ロヨ展
ローマ遺跡で世界遺産に指定されているタラゴナで、ミロ−ロヨのタピストリー展が開催されている。

ミロ−ロヨ展

ロヨはバルセロナが生んだ現代タピストリーの第一人者だが、彼が最初にタピストリーを学んだのが私の住んでいる街。Sant Cugatのタピストリー学校で学び、彼はそのまま工房で仕事を続けていたが、30歳の時にミロに見いだされた。ミロの最初のタピストリー「Tarragona」は、Sant Cugatの工房で織りあげたものだが、今回その作品が一般公開されている。

Tapis de Tarragona

バルセロナには、ミロ美術館に2点、彼らの共同作品が展示されているし、“La Caixa”銀行の本拠ビルには銀行のシンボルマークを織り込んだ作品が1点、ロビーに展示されていて誰でも見る事が出来る。私はもう1点、南フランス Sant Paul de Venceの Maeght美術館で見た事があるので、今回の処女作を合わせると二人の共同作品8点中5点を見て回ったことになる。

ミロ−ロヨのタピス
(この画像にはミロ美術館の傘を組み合わせた作品が含まれていないので、7点)


まだ見ていない作品中2点(Tarragona 兇函National Gallery of Art de Washington )は、もしかすればいつか見る機会があるかもしれないが、もう決して見る事の出来ない作品がある。それがWorld Trade Center of New York。9・11のテロによって失われてしまったのだ。(画像左下の作品。1100x700の大きな作品だった)
思いがけないところで世界は関わりを持っているものだ…。


タラゴナの La Farinera(旧製粉工場)をタピストリー工房とし、そこでロヨは多くの作品を織りだした。ミロの初期の作品TarragonaとTarragona兇砲魯潺蹐離汽ぅ鵑靴ないが、残りの作品はミロ−ロヨの共同サインが織り込んである。人付き合いを嫌うといわれるロヨは現在タラゴナ近郊の小村に工房を構えているらしいが、はっきりした事は解らない。まだ60歳を過ぎたばかりだし、これからも制作を続けてもらいたいものだ。


ミロ−ロヨ展はタラゴナの Museu d'Art Modern(現代美術館)にて、11月16日まで開催中。街にはローマ遺跡が点在している。

ローマ遺跡
| るな | タピストリー | 17:43 | comments(0) | trackbacks(0) | -
タピストリーに織り込むものは…
今年の2月から仕事の合間にアトリエに通い、やっと7月に機からおろしたのが、この作品。高さ135x幅150 (木の枝幅を含む。織り幅は85僉

タピストリー 秋

その後糸始末などやっている時間がなかなかなくて、ようやく完成した姿を見れた。リビングの壁に掛ける為に、他の絵をあっちに動かしこっちに動かし。アトリエの仲間もまだ誰も完成の姿は見ていないので、9月に入ったらお披露目の食事会をするつもり。

ここに織り込んである素材は様々だけど、昨年の夏に持ち帰った母の古い帯が織り込まれている。枝はもう17年ほども前に拾ってきた流木、見た目の大きさの割には軽い。


タピストリーに魅かれるのは、自分の“今”を織り込めるからだろうか。最初に下準備をして機に掛けたら後はひたすら織り上げていく、というのと違って、タピストリーには変化しても良い自由がある。無論、ゴブラン織りの様な絵織りのものは、そのまま絵を忠実に織り込んでいくのだけど、私の場合は最初の大まかなフォルムのイメージと、後は色彩のイメージだけで、織り始めたらその都度、マテリアルやら形やら、弄りたくなったら勝手に弄っていく。その気ままさがとても性に合っているんだと思う。そして緻密に計算しきっちりと仕上げていく伝統工芸的な作品作りは、とても無理だなぁ、とも思うのである。なにしろ大雑把な性格ゆえ。
| るな | タピストリー | 19:19 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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