風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
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メランコリーの妙薬
復活祭休暇とサマータイムが同時に始まったせいで、早朝の森で行きかう人はいない。夏のコースに変えたので、今まで挨拶を交わしていた人たちにも会わなくなった。禁猟区にようやく指定されたお陰か、ウサギたちも心なしか増えた気がする。

全く人に出会わないので、森の散策は自分の思いの中に深く沈み込んでいく感がする。鳥のさえずりが春を迎え華やかに夜明けを彩る。まさしく春は曙。遠い異国でさえ、そう思う。未だにこの第一段を記憶から引き出せるのは、声に出して読むことが如何に重要か、音の美しさと言うものは如何に忘れ難いものか、という事なのだろう。



スピノサスモモの花が満開である。英名Blackthorn、学名Prunus spinosa。棘のある灌木だが、この青い実を浸け込んでナバラ地方の特産パチャラン(Patxaran)と云うリキュールが作られる。花は白く小さく可憐だが、思いの外に棘は鋭く、これが刺さると化膿したりするので、この薮はウサギの格好の逃げ場であるらしく、我が家のダルたちも深追いはしない。麦畑の周辺に多いのは、恐らく囲いとして利用されていたからだろう。



濃紫色の実はスローと云うらしくジャムになるそうだが、私はこの青い実を始めて見た時、もしやブルーベリーではあるまいかと齧ってみたら、ひどく酸っぱかった。なるほどスモモと云うだけの事はある訳で、これを酢漬けにすれば梅干しのようなものになるんだとか。小梅ちゃんより更に小さい。



散歩の中頃に日の出を迎えるので、少しずつ世界が色を取り戻していくのをほぼ毎日のように見る事が出来る。スピノサスモモのように闇にも白く見える木々に咲く花から、足元に咲く小さな野の花へと光が届いていく。花に逢う喜びは単純なものであるからこそ、いいのかも知れない。ボリジの花も咲き始めた。ローマ時代から「メランコリーの妙薬」と称えられた花だ。中世からボリジは気分を高揚させ憂さを晴らす効果があるとされた。若葉と花をサラダとして食べられると聞くが、葉には細かな棘があるので本当の若葉でないと食べずらそうな気がする。花も味はほとんどないのでサラダの色付けや、スミレの砂糖漬けのようにケーキの飾りにはいいかもしれない。ローマ帝国時代にはハーブティーとして、またワインが名声を得ていたとか。青いワイン? ではなくて、白ワインに入れると青からピンクに色が変わるのが人気だったようだ。ボリジオイルは肌荒れに良いそう。



この美しく気品のある青が、所謂「マドンナブルー」であり、中世、聖母マリアの衣を描く為にこの花の汁が用いられた事に由来する。さぞ大量の花が必要だっただろう。英名Borage、学名Borago。和名はるりじさ(瑠璃萵苣)。瑠璃と云う美しい言葉が似合っている。瑠璃と云うと思い出すのは、夕顔の娘の幼名(後の玉鬘)。空蝉のように業が強くもなく、朧月夜の君のようにたおやか過ぎもせず、浮船のように流されもせず、源氏物語の中では珍しく、芯のしっかりとした愛嬌のある女性だった。ボリジはいつも俯くように咲いており、覗き込まないとその芯の色は見えない。スターフラワーと親しみを込めて呼ばれる青い星型の花びらに、意外にも嘴のように尖った芯がある。

青はメランコリーの象徴のような色合いのように思うけれど、これが憂さを晴らし勇気を与えてくれる花とあるのは、おもにハーブとしての効用が信じられてきたからのようだ。う〜ん、勇気? 花期が長いのでこれから5月中頃まで次々と咲き続ける。珍しい白花もあるが、やはり瑠璃色が似合う。春は青の花が次々と咲くので愉しみだ。今はムスカリが咲き始めた。やはり瑠璃ムスカリと云うそうな。



寛大なる愛、明るい未来、通じ合う心、失望、失意。これがムスカリの花言葉。愛を夢見た果ての、哲学的なお花だこと。しかし、これはなかなか妙薬とはいくまい。この花言葉が妙薬と取れるには時間がかかる。その前に、命短し恋せよ乙女、であろうか。
| るな | 野の花を摘みながら | 11:09 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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