風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
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情報は湧水の如く
 朝の通勤時間帯に無料新聞がバルセロナの区々で配られるようになって、もう10年以上になる。"20minutos"という、タブロイド版の薄っぺらなものが始まりだった。元々は1839年にノルウェーはオスローの株式取引所関係者が創立したらしく、北欧諸国やフランスでも発行されているのだが、その名の通り“20分”程の通勤時間内で読み捨てられる、現在スペインで最も読まれている新聞だ。さ〜っと、通り一遍な記事ながらその日に把握しておくべきポイントが押さえてあるので、何かと便利な情報誌。月曜から金曜まで、毎朝若者たちが駅周辺で配布していて、仕事のない若者への救援策でもある。後続紙として"Merto"や他のものも出てきて、我が街の駅には3〜4紙が競い合っている。こんなに無料紙が出回っては、通常の新聞など誰も買わなくなるのではないかと危惧していたが、この経済危機で日刊紙の状況はさらに厳しく追い込まれている様子。



とうとう最近では“VANGUARGIA""PERIODICO"といった大手日刊紙も、始発便の座席に無料配布を始めた。これはキオスコなどで1.20ユーロで売っているのと同じもので、むろん"20minutos"などに比べたら、内容の充実度には格段の差がある。

当然ながら各新聞社ともにインターネットのサイトでも情報を流しており、アラブ諸国での革命の動きがネットを駆使してのものだったように、現在ネットを通じてこれだけ情報が無料化されてきていると、新聞の経営というのはさぞ難しいものがあるだろうし、本来の新聞が持っていたイニシアティブ的な意味合いも変わってくるだろう。誰でもブログで放談できる時代になってきた分、情報過多に振り回される人も多いはずだ。海外にいたって日本の情報はリアルタイムである。

情報を選ぶ事が出来るようになった反面、与えられた情報をそのまま鵜呑みにする事も多い。書きものには、それがペンを使ったものであろうと、キーボードを打ってのものであろうと、何かしらの意図というのは当然ある訳で、何に対しても少し疑ってかかる性癖の私は、絶対的に公平な記事などは存在しない、と思っている方が良かろうという考えだ。情報は絶えず漂っているが、ますます本当に必要な情報は自分で探さないと、知識の切り張りになりそうな気がする。

私は妊娠満7か月で日本を出たが、その時の私の通っていた助産婦さんは「育児書をあれこれ読まない事。他の子と比較しない事。母子手帳にある情報だけで十分」と、旅立つ私にはなむけの言葉を下さった。私はその教訓を守って母子手帳しか読まなかった。そしてそれで本当に良かったと思っている。多くの育児書を読んだ挙句、異国で消化できない多様な見解に振り回されるというような事態にならず、それでも何度も読み返した母子手帳に書かれていた知識で、息子の腸重積の疑いを医師に伝え、早期発見する事が出来た。多くの情報に目を通しても、それがしっかりと意識されていなくては何もならない。無料情報紙を受け取りながら、ふっとあの遠い日を思い出した。

しかし、大手日刊紙の無料配布の意図するところは何なのか。情報量の違いをアピールする事で、購買を促進しようという事なのだろうか? う〜ん、ますます買う必要がないと思う人が多い気もするけどなぁ… この先が気になるところだ。





今日はお水送り。奈良、東大寺では3月12日にお水取りの神事が執り行われるが、私にとっては故郷の行事であるお水送りの方がなじみ深い。一方だけの情報源では、正確なものは伝わらないという一例、かも。

バカンスで我を忘れる血は若狭の神様の血筋か、な〜んて事を思う夜更け。ゾロアスター教や不老不死伝説など、ちょっと異教徒的な神宮寺の神事に遠く思いを馳せながら、我が故郷、友を思うしみじみとした一夜である。春浅し。


| るな | 雑記 | 15:02 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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