風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
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灰色の雨

3月11日の地震、津波災害の数日後、日本の実家に連絡をした。私の実家は日本海側であるし、幸い地震や台風、雪の被害などをほとんど受けない穏やかな土地なので、恐らく被害はあるまいとは思ったけれど、原発集中地区としての不安がある。災害直後は電話回線が繋がりにくいだろうし、私などより緊急の方が多くおられるのだから回線を無駄に塞いでは申し訳ないしと、日を置いているうちに日増しに原発の不安が募ってきた。

「首都圏の電力を支えているという自負があったのに」という無念の言葉が報道取材の中で聞こえてきたが、原発に事故はない、安全クリーンなエネルギー、という国や電力会社の一体となった政策の陰にあった危険性を、決して考えてみた事がなかったわけではないと思う。地震国における原発事故の危険性は、その導入期から懸念されていた事であり、プレートがぶつかり合う海域ではさらに危険度が高い。今回の被害は、地震より津波によるものが圧倒的に大きい訳で、明治期に既に30メートルを超える津波(岩手県沿岸の綾里)に襲われたという記録がある以上、1000年に一度などというものではなく、もっと短いスタンスで起こりうるという想定があってしかるべきだったのではないか、となると、これはいつものように原発を誘致するための国策の弊害のひとつ、つまりは人災ということか。

「関西圏の電力を支えている」我が郷里では、原発が生活を支えている地区も多い。事故の危険への恐れは、誘致の補償額と税金とで相殺されてしまうものなのか。確かに原発のある近隣の市の設備は、原発を持たない我が市とでは大きな格差がある。市町村合併では隣接していない原発のある町と合併をしたところもある。町民の意向なのだという。そっちの方がはるかに豊かな福祉が望めるからだろう。だが事故が起きたら避難区域に組み込まれてしまうのはみんな同じだ。税金の恩恵を被らない原発のない我が市だって、被害は被る。雨が降ったら、風が吹いたら、みんな大した差はないのだろう。

私が高校生の頃に原発反対運動が盛り上がった。駅前ではヘルメットに顔を隠すタオル、という今は懐かしい(まだあるのだろうか?)中核、革マルスタイルが連呼を繰り返していたが、彼らの叫び声はなぜかいつも割れ鐘のようで、ウルサイばかりで心に届かなかった。だが、確かに放射能被曝の危険性が新たな差別を生むのではないかと言う不安はあったのだ。あの時代、遅い学生運動に飛び込んだ先輩からの呼び出しがあったりもしたが、私自身は父が原発反対運動の旗手であった関係もあり、代々の保守家系の中で鬼っ子のように革新に走った父を持つ私の微妙な立場もあって、政治運動には深く関わるまいと言う決意のもとで生きていた。だが国と僻地の、それぞれ立場の異なった必要性が手を握り合っていく様には、何か哀しいものを感じていた。


ガルシア・マルケスだったか。コロンビアはその土地をアメリカに売り渡して生き延びている、という意味合いの記述があったように記憶しているのだが、貧しい土地は少なからずそういう運命を持つのかもしれない。スペインもマジョルカやイビザ、マラガといったリゾート地では、その土地の多くを外国人が所有している。土地を切り売りして生き延びてきているのだ。ガルシア・マルケスの哀しみはその感覚がなくては解らないのかもしれない。自分の立っている祖国が丸ごと担保になって、実は大国の所有物になっている、そんな喪失の哀しみ。そういう意味で人は祖国を、故郷を喪失していくのだろうか。デラシネの哀しみ。



これはアントニオ・タピエスが「AVUI」というカタラン語の日刊紙の表紙として描いたもの。オリジナル展示だがガラス越しなので画像が悪い。DLしたキレイな画像があるのだが、著作権の関係でか下の部分(Setembre)が切られており、それでは意味がないので、あえてコレ。

「11 de Setembre」は別名「Diada」と呼ばれるカタルーニャ民族の日であるが、1714年9月11日、一つの国家であったカタルーニャはスペイン・ブルボン家に敗退し、一つの州になり下がった。つまり、国が死んだ日なのである。カタラン人の大いなる喪失。カタラン人の血の中にはこのデラシネの感覚があるのかもしれない。スペイン国の中に飲み込まれてしまった民族。大国の中で州となっていった国はアメリカにも、ロシアにも、中国にも、あらゆる区域に存在する。ひとは喪失を嘆き、決して融合しきれない民族意識を謳う。そこに美があると信じているのかもしれない。


9月11日はアメリカ多発テロの日でもあった。他国ばかりを攻撃していた大国が初めて受けた外傷、よりも多分ショック。仕返しばかりやっている学習機能のない国、いくつもの国がせめぎ合い、時代毎に国の姿を変えて生き延びてきたヨーロッパからみると、そんな感じ。5月11日はマドリッドで多発テロのあった日。そう、11日という数字がなんだか悲しく見える。



だから下半分のない、このタピエスもあり、かも。ちなみにこの黄色地に赤4本線はカタルーニャ州旗を表しているが、バルセロナ伯が自らの傷で指を染め、金の盾に4本の血の線を引き紋章とした、という伝説がある。現存する世界最古の紋章なのだそうだ。血塗られた掌に浮かぶ哀しみの11。

紋章にすら血塗られた歴史があるとすれば、もう一つのカタルーニャの日「サン・ジョルディ」だってそうだ。聖ゲオルギオス(カタラン語でサン・ジョルディ)が異教徒の姫君を守る為に退治した竜から流れ出た血が、真っ赤なバラの花に変じたという伝説。そして文豪セルバンテスの命日とシェークスピアの誕生日が重なって、女性にはバラを、男性には本を送る日となった。最近は金額の差が大きい事もあって、女性にも本を送る傾向があるそうだ。伝説より実質。それもカタラン人らしいかもしれない。





美味しいデザートを頂いて、今年のサン・ジョルディはお終い。私もまたひとつ歳を重ねた訳だ。

| るな | 雑記 | 00:26 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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