風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
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パリを歩けば
久し振りにパリに行く。珍しく5日間の空白が出来たので不意に思い立ち、航空券やホテルの手配も、何と出発3日前という慌ただしさ。小さな子供のいる同僚たちは長期の夏休みを取らざるを得ないので、子供の手の離れた人や家族持ちでない人が夏の当番のような感じになる。私もかつては8月はひと月ほどの休暇を取っていた。ありがたい事に子供は成長し犬の世話共々、留守番をしてくれるようになった。



街の中を川が流れている街というのは、何だか心が落ち着く。フランスにはそういう街が多いが、橋がそれぞれに美しい。初めてパリに来た時、私たちは合計3週間ほどこの街にいたのだが、お腹が大きかった私はさほどに出歩かなかったのか、これはという情景が浮かんでこない。ただあの頃のパリは薄汚くて、足元には犬の糞やらゴミが散乱していた記憶があったが、今回街はとてもこざっぱりしていた。ずいぶん英語も通じるし。パリっ子は人当たりが冷たいようによく言われるけど、私はパリでは不愉快な思いをしたことは一度もなく、毎回なんだかんだと結構親切にしてもらった覚えがある。息子はおもちゃ屋がないのでパリは嫌いだと、今でも言っているけど。不思議なことに中心部でおもちゃ屋というのは皆無だった。



パリの細道を、入り組んだ緩やかに歪曲した道を歩いていくと、何という事のない小さな店に出会う。有名ブティックに興味のない身としては、店主の横顔が窺えるような小さな店が好きだ。時間や人に合わせてという制約なく、自分の見たいものだけをゆっくり見るための美術館巡りをしたかったし、ようやくそうできる歳になってきた。何処へ行っても、自分の欲しいものだけは伝えられるようになってきた、というのは歳を喰った証? ま、いい や。と思う事がそうなのかも。



こんな何気ないウィンドーの飾り。パリの街の色合いの美しさ。光と影の淡いばかりの境目。スペインの過酷なまでの光と影の亀裂から抜け出して来た身には、肌寒いほどのパリの朝は静かに、ただ静かにやってくる。バカンスシーズンという事もあって、多くの店が閉まっており、街を行きかう住民も少ない。パリのわんこはこんな服を着せられておるのか?!という、ワッハハなお店も。アホかいな。



昔はとても大きく、複雑なように思えたこの街も、歩いてみればさほどでもない。ホテルは凱旋門の近くで静かな住宅街だったが、そんなごく普通のカフェで、カフェ・オ・レとクロワッサンのシンプルな朝食が二人で12ユーロほどするのには驚いた。もっともホテルで朝食をとると一人14ユーロもするらしい。14ユーロって、お昼の定食にしたって高くない? パリに35年ばかりも暮らしている友人も、「庶民はとても行けない」と言う。カフェもレストランも、ホテルも、何だかなぁ、という値段の付け様で、非常によろしくない気がする。私たちのホテルもネットで68%OFFというので申し込んだのだが、最後の日は部屋をグレードアップするからチェンジしてくれと言われ、別段気にもせずOKしたら一番いい部屋にしてくれたらしく、何と799ユーロだとドアに書いてあり驚いた。友人共々、じゃあ5星とかだったらどんな値段なの? どんな人が泊れるの? と、正直パリのばかさ加減に目が点。



サンジェルマン・デ・プレのカフェで居心地良く、昔ながらのカフェとミルクのポットを前に、懐かしい映画に出てきそうな「カフェ・デュ・マゴ」の、パリッと糊のきいた長い前掛け姿のギャルソンを眺めて時を過ごす。ここはスノッブの極致かも。夫曰く「サルトルやボーヴォワールが哲学論を戦わせていた所」なんだとか。かのサルトルですら(さえと云うべき?)神に囚われている。キリスト教の神の概念を持たない私のような八百万の民的人間にとっては、実存も本質もその境目は曖昧模糊であり、何だかんだ言ったって、己は己であり、そこに神だの何だの責任者を求めなくったていいじゃないかという、そんな感じですかね。哲学嫌いなので。ま、いいか。ここもカフェが5.5ユーロだが、ショバ代とこのこれ見よがしな古典スタイルのギャルソン姿を愉しめると思えば、まぁ良しとするか。ただしカフェは旨くない。で、チップなんか置かない。



ま、いいや。で、どうしてももう一度訪れたかったクリュニューに行く。ここはかの「貴婦人と一角獣」のタペストリーがある。初めて訪れたパリで「館」の空間性に感銘を受けた処だ。子連れで来る処ではなかったので、25年ぶりの再会。私も歳を重ねたが、この石組みのただ在る事の美しさと言ったらない。一角獣のタペストリーは展示方法がしっかりして見せることに重点が置かれていたが、かつては暗い館の石壁に素朴に並べられていただけだという記憶がある。石壁を飾るタペストリー本来の持つ、用途と美の強靭さがあった。そういえば、パリってこんなに明るかったけ? なんだかちっとも中世的色合いじゃないような? 雨に濡れた石造りの城館、というイメージだったけれど?



フランス革命の際に破壊された王たちの頭像。これはノートルダム寺院のファサードを飾っていた歴代の王の彫像のものだが、民衆による新しい歴史の幕開け時に破壊され埋められていたのが発見されて、ここに並べられている。ノートルダム寺院の現在のものは、19世紀にヴィオレ・ル・デュクによって復活されたものだとか。修復と呼ぶか改築と呼ぶかは意見の分かれるところで、デュクには常につきものの論点だ。何だかんだと言いながら、今回も建築話は付いてまわるのだった。



ホテル近くのモンソー公園に夕方の散歩に行く。高級住宅街の中にある廃墟風庭園には、お手伝いさんに連れられて砂場で遊んでいる子供たちがたくさんいたり、散策している人たちもとても静かで、ちょっと世離れした感じがする。ガーディンやターナーの廃墟画好きな私としては、作為的ではあるけどこういう庭園は嫌いではない。



この公園の入り口には、ルドゥー(出た!)のパビリオンがあるというので来た訳だが、25年前にも彼のラ・ビレットの関門を見た(記憶にないが)から、国立製塩工場と合わせて彼の作品はこれで大方観たことになる。完成度の高い建築を見て歩くのは、訳の判らぬ高級ブティックを見て歩くよりは、愉しい。街を歩く愉しみは、そこに歴史があり生活があるからだが、最近はあまり物を買わないようにという気持ちが働くためか、人物ウォッチングも含めて、もっぱら見る愉しみ、眺める楽しみの方に傾いている。今回も結局お買い物はナシ。タペストリーの絵葉書数枚と、半額セールのタペストリーの小袋を買っただけで、息子へのお土産はマカロンとチーズ、食べ物が一番。旅は非日常への一歩、思い出が出来ればそれで良し。
| るな | 旅にしあれば | 00:26 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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