風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
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パリを歩けば その3
前回のフランス家族旅行では、三人三様に見たいものが違って決裂し、最終日は自由行動日にしたという我が家の歴史から、今回は夫との二人旅ながらも、それぞれの見たいものを優先し、同じ部分は時間を共有するというやり方で行くことにした。ミュージアム・チケットで美術館を回るのだが、見たいものが違うからだ。私は最初に最低限行きたい美術館を指定(オルセー、オランジュリー、クリュニュー、そしてルーブル)しておいたので、それ以外はお互い気儘にという事になった。私はモンマルトルに行ってギュスターヴ・モロー美術館に行ってみたかったし、彼は大学の図書館とパリ国立天文台が見たいとの事。



1986年の12月にリニューアル開館したオルセー美術館は、1900年の万国博覧会の時に作られた駅舎だとかで、当時の大時計が残されている。私たちがパリに滞在していた86年の8月末から9月は、まだオープニング前だったので、今回が初めての訪問になる。ゴッホの自画像とミレーの「晩鐘」が見たかったが、残念ながら「晩鐘」は貸し出し中。後は主に建築の方を愉しむ。何故かここにもヴィオレ・ル・デックのスケッチなどの展示がある。うむむ、どこまでも付いて廻るのだった、あいも変わらず建築が。



次に行ったのはクリュニュー美術館。これは前回すでに書いたが、ここにはデュクが修復改修を行った、ノートルダム寺院にちなんだ歴代王の頭部像が展示されていた。この辺りで何だか嫌な予感が走るのだった、結局いつもの如く建築に振り回されることになるのではないだろうか、と。しかし私も辛抱強い…(笑)。さて、友人に教わった学生街のビストロで昼食。ビストロは昔から大好き。いわゆる定食屋さん? 家庭料理が基本でボリューム目いっぱいだが、私の好きなタルト・タタンがあったので、しっかりデザートも。こうなるとまた消化のために歩くわけですね。



通り道すがらノートルダム寺院前を横切っていく。長い入場待ちの行列ができているのを横目に、夫は何をやっているのかと思えば、かのデックの銅像が何処かにあるんだが、あれだろうかこれだろうかと首を捻っている。ふん… せむし男とかがいるんじゃないのぉ?
しかしすごい観光客である。ノートルダム寺院は以前観たし、この行列ではねぇ、というのでパス。ポンピドゥー・センターへ向かう。入るといきなり、何故かまた建築展。しかもあろうことかアルド・ロッシ! なんとまぁ… 



これは船に浮かぶ劇場「世界劇場」のスケッチ。「たまたま建築家になった詩人」と称されたロッシらしい世界観だ。これがヴェネチアの海に浮かんだ姿を見てみたかったなぁ。イタリアの歴史的都市の中にあるからこそ美しいのであって、ニューヨークや東京に出来てしまったらただのポストモダンだったのかも知れないけど。



こちらもロッシの模型? オブジェ? とにかくポンピドォーの中で唯一オモシロかったのは、「La Tendenza(ロッシ展)」 しかしポンピドォーはなんであんなに退屈な展示物ばかりなのだろう。ロッシは建築は記憶の集合といったそうだが、私の記憶には残らない作品ばかり。しかしウォーホルって…、まだ現代美術なの? 近代、現代、同時代、この棲み分けがよう解らんのであった。

そういえばこの春、金沢に旅行した時に「金沢21世紀美術館」を、やはり建築を見るという観点から訪れたのだが、建築も展示作品も一過性のものとしか感じなかった。もはや鉄筋コンクリート造りの現代(失礼、同時代建築というべき?)建築は所詮、一過性的モノであり歴的的建造物としては残り得ない、という事なのだろうか。地域活性には役立っていると思うが。そんな鬱々としてツマラナイ「21美」を後にした直後、偶然に見つけた谷口吉生設計による「鈴木大拙館」で、久方ぶりに建築の持つ美という概念に触れた気がしたのだった。思想が寄り添わない建築というのは、ロッシの言う記憶を集合していく場にはなり得ないのかもしれない。妹尾の小奇麗に纏め上げようとする努力が痛々しいほどに垣間見える「21美」に対し、「鈴木大拙館」の伸びやかさ、無駄なものを省くという精神的作業を経て削り落とされた末に見えてくる美を表現しようとする試み。大拙を正しく理解した建築たろうとした建築家、谷口吉生の姿勢がみえる。私たちが訪れた時にはまだ建築雑誌に発表されていない段階だったので、知る人ぞ知るという処だったのだが、こういうものに不意に遭えてしまうところに縁があるのかも、私たちと建築、とは。



それにしても…、日本の現代・同時代建築が華奢に(もしくはチャッチク)見えてしまうのは、歴史や都市に対する認識・理解不足のままモノを作るという事のみが先行してしまうからではないだろうか。歴史の中に、街の中に残る建築、そういったことを現代の建築家は疎かにし、何だかウケを狙ったものばかりが増えてきたような気がする。ま、それは日本ばかりでなくここ、スペインでもご同様なのだが。好例が維持費にばかり金が掛かり、まったく使い物にならないカラトラバの作品群。こういうスペクタクルな要素を好むというバレンシア人のご贔屓のせいもあるが、まったくねぇ、どうにかならないのかしら、って感じ。建築雑誌に載せる写真の構図ばかり気にしてると、こういう作品が出来上がるのかもね。構造における美は大事だが、肝心の機能をちゃんと果たしていなければ意味など何もない。



翌日はまず何よりも見たかったモネの「睡蓮の間」、オランジュリー美術館に。自然光を柔らかく取り入れた楕円の展示室で、ゆったりと作品の持つ空気に包まれて朝の時間を過ごす。奥の部屋にはグループが入ってこないので静かで、お茶でも飲んでいたくなる空間だ。これは2000年から大改築が始まったとあるので、私たちが滞在していた間は開館していたのだろうか? 見た記憶がないので、夫と二人首を傾げてばかりいる。3週間の滞在中にパリはそれなりに歩いて廻ったはずなのだが、記憶が欠落してしまっているのは、私が妊娠中で散漫だったからばかりでもない。写真が残っていないせいなのだ。86年の夏の終わり、私たちはオリエント急行でドイツからウィーンへと建築を見て回ったのだが、それらの旅のフィルムは現像する前に、バルセロナに到着した夜に泥棒に盗まれてしまい何も残っていない。しかし、ポンピドォーやルーブル、クリュニューに行った記憶はあるのに、オランジェリーだけがない、というのはやはりオカシイ。何かしらの支障があって閉館していたのかもしれない。まことに写真は記憶の玉手箱なのだという事を、改めて感じる。デジタルになってから現像をしないせいか、アルバムを作らなくなってしまったが、時間が出来たらアルバムにしておこう。定年後の仕事が一つ、また増えた?

う〜む、しかしこう睡蓮に囲まれた庭園の雰囲気を味わうと、次回は、近郊のジヴェルニーにあるモネの庭を訪れてみたくなる、やはり睡蓮が咲く季節に。



さて夫は大学の図書館とパリ天文台を観たがっていたが、いずれもが、許可申請しておかないといけないとかで(なんと天文台は3か月前に!)、これは行って分かった事なので致し方ない。パリ天文台に何があるかと言えば、カッシーニのパリ子午線が通っているのだとか。前々日にサン・シェルピス教会で子午線が描かれたオベリスクを見に行き(私は疲れて居眠りしていた)、すっかり「ダ・ヴィンチ・コード」と「聖杯伝説」にハマっている夫は、今日のルーブル美術館で、またもやその痕跡を偶然見つけ喜んでいる。しかしまぁ、いかに自分の好きな領分とはいえ、これだけ歩き回れるようになったのだから、大したものだ。

ルーブルはとんでもなく俗世界で、ぐったり。彫刻では一番好きなサモトラケのニケを、真横のベンチに座ってしばらく眺める。階段で転んで怪我をした人がいて、血が飛び散って大騒ぎ。すわっ、殺人事件か!?(笑) そういえば昨日も地下鉄の階段で倒れた人がいて救急車が来て大騒ぎしていたが、パリはバリアフリーに関しては遅れている。地下鉄なんて車椅子の人には、ほぼ利用不可能。ほとんどが階段だけで、エレベーターはおろかエスカレーターもない駅ばかり。弱者に対して決して優しい街ではないようだ。日本もそうだけど。バルセロナはオリンピックを機に、一気にバリアフリー化が進んだのだが。

ミロのビーナスにはさほどの人だかりはない。この人の(?)デッサンをよくしたので、何だか昔馴染みに会ったような気がしないでもない。美術をやった人の多くがそういう感慨を抱くのではないかしらん。しかし、何、あの人だかりは! ルーブルといえば「モナ・リザ」という事なんだろうが、防弾ガラスの中に、しかも警備員付。昔は間近にまじまじと観て、「小さい!」と思った記憶がある。しかし、ほとんどの輩が腕を上にあげて必死になって写真を撮っている。無礼な奴ら。どうして美術館で写真撮影を許すのだろう。写しただけで満足して作品に向き合う人(向き合おうにも、押し合いへし合いで頭が変になりそう)など、ほとんどいないのでは? 本当に作品を見せたいなら、美術館は撮影を許可すべきではない。実に不愉快。

この春の帰国の際、毎日新聞社などの主催で開催された「ダ・ヴィンチ展」のオープニング・パーティに招かれて「ほつれ髪の女」や「岩窟の聖母」の弟子バージョンなどを見たが、やっぱり本物は素敵。ダ・ヴィンチでもこういう作品の周りに人がほとんどいないのは、やっぱり何だかな〜という感じ。私は「モナ・リザ」より、この「岩窟の聖母」や「聖アンナと聖母子」の方が好き。特に聖アンナの微笑みが。今度はロンドン・ナショナル・ギャラリーの「岩窟の聖母」を見に行こうかな。写真を撮ろうという気もないし、絵葉書を買おうという気もない。ただ実物が見られたので、それで満足。

この日は午後は夫とは別行動をする予定だった。私はモンマルトルのサクレクール寺院に行ってからギュスターブ・モロー美術館に行きたかったし、夫は大学の図書館を見てから建築博物館に行くという。だが、またもやサンジェルマン・デュプレ界隈をウロウロした挙句、図書館は呼び鈴を押しても誰も出てこず、仕方ないのでサクレクール寺院に一緒に行くことに。この辺りで時間のロスがあって、残念ながらモロー美術館には間に合わず、帰り道だからと言われ結局、建築・文化財博物館へ一緒に行くことになった。ここでもデックが修復・改修した建築の歴史的建造物の型取りした複製を展示している。フランスの近代建築はデックなくしては語れない、と実感。修士論文で伊藤忠太におけるデックの影響を論じた夫は、自分は正しかったのだと感動中。ロマネスク好きの私としても、19世紀に既に保存の重要性を認め複製を作っておこうという考えには感心する。これらの複製を基に、第一次世界大戦で破壊をされた彫刻を修復出来たとか。



そしてここにはコルビジェのユニテのアパートが再現されている。閉館間際のすれすれに、「5分だけ、じゃ2分だけ!」と粘って、何とか撮影できた室内空間は、徹底的に合理的な空間だ。この階段、シンプルの極みだけどちゃんと手摺が付けてある。カッコだけじゃないんだなぁ、人が生き、活動するという事が考えられている。



これは外から見た処。機能ってやっぱり美を伴う事が出来るんですよねぇ。ユニテは前回のフランス旅行で見てまだ記憶に新しいので、追経験という感じで制作過程がみえてオモシロかった。



この建築博物館のすぐそばからはエッフェル塔が真正面に見える。フランス人は何を、どう見せるかを心得ている。ここで記念にツー・ショットでもとってもらおうと、ホモの恋人たちに撮影を頼んだら、何と塔の上がちょん切れているっ! 許せない奴らである、もちっと感性良くないといかんよ、坊やたち、という感じ。しょうがないなぁ。エッフェル塔は夜10時から30分間だけ、ちかちかと可愛くライトが点滅して、なかなかによろしいのであった。パリは晴れ。せいぜい24度くらいと言う涼しさの中、久し振りに決定的に決裂することもなく、無事に終わったヴァカンスだった気がするのだが? まぁ、見残したものがあって、今度はあれね、と思う処に旅の余韻があり、糧があるのかもしれない。同じ街も歳を重ねていくと、見えるもの、見たいものが違ってくるのが醍醐味だが、パリとはそういう許容の幅がある街、という事なのだろう。

さて、バカンスの後、8月は猛烈な暑さの中、仕事です。
| るな | 旅にしあれば | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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