風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
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ガス燈の灯り
ほんの一時、バルセロナも冷え込んだが、このところとても冬とは言えない暖かさだ。冬至を過ぎ、確かにこれから日射しは春に向かって行くのだが、毎日18度ほどにもなると何だか妙に居心地が悪い。冬にはやはり凛とした、冬の空気というものがある。



12月の初旬にプラハを訪れた。ちょうどクリスマスの市が始まったところで、街中がクリスマスの飾りつけで賑わっており、北国らしい色彩の豊かさ。大きなクリスマス・ツリーが広場に据え付けられているのも、いかにもな雰囲気だ。スペインではそもそもクリスマス・ツリーとか、雪にトナカイとか、サンタクロースなどは実感が伴わないので、なんだか作り話めいて感じられる。サンタクロースを愉しむのは、やはり長い冬に閉じ込められる北国の在り方なのだろう。ホット・ワインも体を温めるにはぴったり。



仕事に追われていたせいと、プラハ在住の方を頼っていく旅でもあったので、ただチェコと言えば人形劇、ミッシャ、プラハの春、ボヘミアングラス…くらいの把握しか出来ていないまま、何の下調べもせずに旅することになった。あ、あと「のだめ」の映画に出てきたカレル橋とか。息子が数年前に旅した時に、何処か小高いところから取ったこの橋の画像が美しかったので、そのイメージが強かったけれど、これは春の明るい光の下。今回は冬という事で、午後は4時を回れば暗くなってしまう。もうこんなに暗いと思って時計を見ると、まだ6時くらいで感覚が妙にずれる。



これが午後5時辺りの光の具合。このカレル橋の灯りはガス燈で、未だに火をつけて回るマントを着た点灯夫がいる。グラスハープの音色が、水面に映るガス燈の柔らかな光と冬の凛とした空気に似合っていた。川には餌付けされた白鳥がゆったりと泳いでいるかと思えば、水鳥が静かにホバリングして餌を貰いに橋げたに群がっている。何処か時間の流れが緩やかで、街の中を川が流れている風景はいいなと思う。京都でもパリでも。バルセロナはやはり海のある街だ。人は川に向かう時と、海に向かう時では心の在り様が違うのだろう。流れて行くものを見るのは内へと向かう気がする。



これがヴァーツラフ広場。ここがプラハの春弾圧のため、1986年ソ連軍が軍事侵攻し戦車で占領した広場。共産党による共産党改革が社会主義によって弾圧されるというのは、私の理解をはるかに超えている。ワルシャワ、連帯、ワレサ委員長…、そんな言葉があり、そんな時代があった。なんだかちょっぴり哀しい。東欧というのは、私には何処か哀愁を思い起こさせる国々なのだ。もし本当に社会主義という概念が「自由、平等、友愛」から生まれてきたのであれば、こんな暴力的な独裁とは一線を画すと思うのだが、やはり破壊することによってしか生み出せなかったフランス革命という背景を思えば、そう遠くはないのだろうか。私の父は昔でいう社会党議員だったが、社会主義なるものを日本で実現出来うると本当に信じていたのだろうか? 彼が生きている間に聞いてみれば、良かったのかもしれない。



こんな、街中に在った車止めもどこか革命兵士的。それぞれ表情が違うのが面白い。個性がある革命兵士たち。今回も例の如く妄想で愉しむ街歩きです。

| るな | 旅にしあれば | 23:38 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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