風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
<< てふてふ | main | 遠花火 >>
盆の月
このところ暑い日が続いている。それでも夜半には20度を下回るようになり、夏が少しづつ後退してきている気がする。暑さと、それでいてそこはかとなく感じる夏の衰えの中、思いがけぬ訃報が届き、それはあまりにもかけ離れた知らせのようで、ただ茫然としてしまうばかりだった。だが、これからそういう知らせが増えていく年齢になってきたのだなと、不意に気づかされる事でもある。

大きな災害が相次ぎ、多くの方が亡くなった。今もあちらこちらで絶え間なく起きている紛争、テロ、列車や飛行機の事故。そういう不可知の死と隣り合ってはいながら、不意に届く訃報はいつも哀しみに満ちている。



精霊船は、そんな哀しみを海に帰すための残された者たちの祈りの形であろう。我が故郷若狭には、今も僅かながら海沿いの地方に精霊船(しょうらいぶね)の行事が残っている。もうずいぶん昔、三十年以上も前に見たきりだが、五色旗を手にした子供たちを先陣に練り歩いた後、読経の流れる中、船はやがて男手によって海に引き入れられ、漁船に引かれ彼方西方の海へと流されて行く。船が見えなくなるまで読経は続いていた。彼方に消えること、それが徐々に消えて行くこと、そこに深い慰めがあるように感じた。

お盆は人の記憶を呼び起こす行事だ。そして生きていく為に、ふたたび優しくその記憶を送り返す日でもある。

記憶の中にしかもう残っていないものに、盆踊りのまっさか音頭がある。私が小学生の頃は盆踊りが盛んで、二重三重の輪が出来ていた。お盆の三日三晩を踊り明かすために、叔母たちも大張り切りだったし、毎晩踊る衣装の浴衣を変えるのが嬉しかった。盆踊りの最後は何処の村でもまっさか音頭と決まっていた。それまで見物に興じていた祖母も、この踊りの輪に入っていた。意味不明な音頭、テンポ早く変わるステップ、子供にはとても難しくて、いつかこのまっさかを踊れるようになるぞ、と思っていたものだったが、あれは何の唄だったのだろう?振り返ってみる最後の西日のように、私の郷愁を誘う。あの、裸電球の黄色い光、ノイズの多いレコードの唄声、いつもレコード係を務めていた男の人、噂話、久し振りに帰郷した人たちの顔。お盆とは、つまりはそういうものだった。

| るな | 雑記 | 18:09 | comments(0) | - | -









  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>

このページの先頭へ