風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
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バルセロナという街を歩く その2
4月は税金申告の月なので、自営業の我々はあたふたとしている。というのも昨年の年度末から、税金申告はネットのみに切り替えられつつあって、自己申告をする人100%が自宅にパソコンを持ちネット環境が整っているという訳でもないと思うのだが、とにかく突然そうなってしまったのである。テレビが地デジになった時も感じたが、日本と違って行政が圧倒的な支配力を持つスペインでは、はいそうなりました、と言われたら為す術がない。しかも通達から施行までの期間が非常に短い。私のように移民である身では、法を侵すということはこの国で正当に生きていく権利を脅かす行為であるから、当然ながら極力避けなくてはならない行為である、したがって税金も払うし、これだけちゃんと税金を払っているのに選挙権がないという不当性にも、甘んじなくてはならないのだ。日本にいる外国人居住者も、同じ不満を抱えているであろうことは容易に想像がつく(日本に暮らす日本人は、そんなこと考えても見たことがないのかもしれないけど)。そういう移民である私にまで、カタルーニャ独立住民投票賛成の署名を求めてくる不思議。スペイン国会は今月8日、カタルーニャ自治州が分離独立の是非を問う住民投票実施に向けて提出していた請願を、圧倒的多数で否決した。マス・カタルーニャ自治州首相は「今後も投票を合法的に行う枠組みを追求する」と述べていたが、これは合法的でなくったてやるもんね、て事なんでしょうね、恐らく? 11月9日までこの攻防、あるいは駆け引きは続く。



ちょっとレトロなメトロ。先日バルセロナのメトロ開設90周年で運行された記念車両、御覧のように車掌がいてなかなかにお洒落な感じ。この日一晩のみ、しかもサグラダファミリ駅から出ているとあって、満員御礼の賑わい。1920年代の衣装をまとった俳優たちが当時の雰囲気を伝える。市民戦争(スペイン内戦)が起こる前の、バルセロナが最も華やいでいた時代だ。



バルセロナはこの時代を偲ぶ催し物が結構多い。シッチェスという愛らしい港町とバルセロナ間で行われるクラッシクカーのレースは、ピカピカに手入れの行き届いた車も素敵だが、レース参加者は当時の衣装をまとうという条件がなんともクラシカルでいい。アールデコ調のゆったりとしたドレスは、女性からコルセットを取り去った革命的なものだ。ガウディのコロニアル・グエル地下礼拝堂のあるサンタ・コロマ・デ・セルベジョ村でも、毎年10月中旬の週末にモデルニズモ(アール・ヌーボー)祭と称して、当時の日常的な衣装をまとった村人たちが市を開く。ガウディ役の人もいて、ちょっと愉しい街起こし。



もっと気軽な感じで愉しめるレトロな路面電車もある。Tranvia BlauはAvenida.Tividaboという、モデルニズモ様式の邸宅が立ち並ぶ瀟洒な通りを、ほぼ毎週末運行している。こういう電車って、本当に初夏によく似合う。京都の市電に慣れ親しんでいた私は、あの鄙びた感じ、電車から見る街並みが大好きだったが、何処も彼処も電車は地下を潜るようになってしまい残念だ。電車の窓からの視点の高さは、歩いていては見えないものが見えたりする。



普段は急ぎ足で歩く街も、ふと足を止めて見上げると、こんな玄関が見えたりする。上の部分にはめ込まれているアールヌーボーのステンドグラスが、中からほのかに浮かんで見える早朝の街。よく通る道なのに歩いている目の高さでは見えてこないモノのひとつ。見えないものを視る、と詠ったのは誰だったか。吉増剛造? 天沢退二郎? どんなにあがいても、思い出せませぬ。だんだん物忘れがひどくなっている。でも、忘れることは幸せになるひとつの方法と言った人もいたし。



バルセロナの街は歩きやすい。それはごみが少ないせいかもしれない。こちらのごみ箱は人間がすっぽり入れるほどの大きな定置型で、実際土曜日のスーパーの閉店時間近くには、ごみ箱をあさりに来る人たちが結構いる。期限切れのものや傷みの激しい野菜などを処分するのを待ち受けているのだ。バルセロナはスペインで一番分別ごみ化が進んでいる。紙、瓶、プラスチック、普通のごみ、生ごみの5種類に分かれているが、日本の分別の細かさに比べれば大雑把なもの。50m毎にごみ箱を設置するから、分別に協力してください、というキャンペーンが功を奏したと言える。大きなものは場所を取るから、細い路地の多い旧市街などでは、地下に大きなデポジットを設け、それを回収車がバキュームする。何時までに捨てなくちゃいけないという規制がないので、ごみストレスは少ない。犬の散歩通りに糞専用ごみ箱の設置をしたり、生ごみ専用回収をいち早くやり始めたのが我が町で、生ごみは土にして市民に安く提供する、という方式。この画像のデポジット式ごみ収集所は旧市役所前の広場にあるのだが、そこにごみ担当オフィスがあって、生ごみの家庭用コンポスト容器と、油回収デポジットの普及に努めている。家庭から出た油を回収して石鹸にする仕組みだ。油を捨てるのは海を汚すことだから、こういう処理が普及するのは大歓迎だ。私もコンポストを設置したかったが、庭に穴を掘って設置するタイプしかないので諦めた。

日本に帰国するとごみストレスに曝される。何をどう、いつ捨てるのか、脅迫的に迫ってくる。ペットボトルは蓋がどうの、口の部分がどうのと、一時帰国者には訳が分からない。しかもごみ回収車の直前にしか出してはいけないとか、透明の袋で自己責任が問われるとか、もう少し行政側の工夫はできないのか。こういう地下デポジット式なら繁華街のごみはもう少し綺麗になるのではないか? 郊外や田舎なら、しっかりした定置型であれば鴉だの犬に荒らされることも無いだろう。以前、地震の多い日本では電気ケーブルなどを地下設置すると復旧に時間が掛かるから、電線のない街並みがなかなか実現できない、という話を電力会社の役員から聞いたが、それでも知恵を絞るのが工夫であり、進化なのではなかろうか。言い訳の立つところだけで仕事をしていては、先には進めんぞ、と私なんかは思ってしまうのだなぁ。
| るな | バルセロナという街 | 07:38 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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