風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
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早くしないと日が暮れる
日脚が少しずつ伸びてきたのが分る。朝の散歩も明るくなってきて、モノの形が見えるようになってきたし、霜を踏む音もかすかになってきた。春が近い。春が近いという心持は、幾つになっても良いものだ。なのに、心のどこかで早くしないと日が暮れるぞという声がする。心の片隅が日暮れて行くような。これって単に病み上がりの気弱さからなのだろうか。



黄昏時の街を歩く。家々の灯がともされる時間も早いせいか、普段は奥暗い扉の向こうに海が揺らいでいるのが見えた。何処へ誘うゆらぎなのか、この淡い灯火の生み出す影が溜息をつきならが寄り添ってくるような…。そんな幻想を垣間見、垣間見しつつ街を歩く。



ガウディの作品の中では、この天井が一番好きだ。以前は展示スペースだった為、光が遮断され綺麗に見えなかったこの天井も、今はカフェになっているので誰でも愉しめる。でも、もし出来ることなら一人でゆったりとしたソファに寛ぎながら黄昏てゆく光を追っていたい。海の底に揺らぐ海藻の気持ちが味わえるやもしれぬ。あるいはミレーのオフィーリアの...



光は生まれ、そして消えて行く。そのあわいの中で色彩が生まれ、そしてそれもやがては移ろっていく。忙しい日々の中で、ふっと何かに魅かれるように見返ったその瞬間に、私を捉えてやまないモノが姿を見せる。忙しく生きてきたここ十数年が、時には何の意味もなかったのではないかと鬱々とした心持に傾きそうな瞬間、黄昏て行く最後の光に私はしがみつく。今夜はただゆっくり眠ろう、どんな諍いもどんな行き詰まりも思い起こすことなく、この最後の光だけを胸に抱いて。この消えゆく光が明日には新たな光に蘇ると信じて。このステンドグラスの扉の向こうへ、一歩踏み出す勇気を持ち続けることが、まだ自分には出来ると信じて。

冬のバルセロナの街を歩く。冬でも晴れていることが多いバルセロナでも、何日かは灰色の空が重く被さり、ティビダボの山が霧に覆われ見えないほどに冷え込む日もある。人が家路を恋しく思い急ぐ頃合い、扉の向こうに灯が点る。こういう扉があったら、哀しみも光に融けていきそうな気がする。



だが、逆にこんな立派な扉に護られた世界にいたら、外の世界には踏み出せなくなるのでは、という気もする。窓を開ける、扉を開く。まずはそこから全てが始まるのだろう。

アーモンドの花がほころび始めた。書を捨てよ、野に出よう! そして、行きあたりばったりで跳べ(笑)! もうすぐ春。
| るな | バルセロナという街 | 04:33 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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