風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
食べ歩きを愉しむ
バルセロナの本格的観光シーズンが始まる前に、この時期いろんな地区でタパス・ツアーが催される。各ビール会社との提携で、Qintoと呼ばれるビールのミニ瓶とそのお店の一品が付いて、2.5ユーロ辺り。トレンディな地区から庶民的な地区まで、お店も色々だしつまみも色々だ。協賛しているバルには看板が出ていて、最近はネットで時間帯のチェックもできるから、いかに効率よく回るかツアー・コースを練って出かける。普段はちょっと入りづらいこんな親父バルも、友人たちとわいわいと連れ立ってなら平気だし。



スペインは観光立国だが、とりわけ現在はバルセロナの方が首都マドリッドより観光客が多い。昔よくあった首都巡りツアーも、パリ、ローマ、そして今はマドリッドではなくバルセロナに切り替わってきており、マドリッドに行かないツアーも増えてきた。ガウディの種々の作品を初め、ムンタネルなどのアールヌーヴォ期の建築物が街並みの中に融け合っていて、若葉の今の時期が街が一番美しく見える。まだ暑すぎず湿度も低い今が、街歩きには最適だ。



バルセロナは今グルメの街としても人気。むろんミシュランの星レストランが多いバスク地方が、スペインでは最もグルメな地方として有名だが、街自体の観光スポットが少ないから、食べて歩いて街を楽しめるバルセロナが交通の便の良さもあって一番人気。夏は気軽にメトロに乗って海水浴も愉しめる。この時期にバルセロナを歩いていると、自分はなんと美しい街に暮らしているのだろう、という喜びに浸れる。



そんなバルセロナのプチ・グルメを楽しめるのが、このタパス祭り。いろんな地区でやっていて、ラバル(El Raval)地区はバルセロナの下町の心臓部、ピカレスク界隈。最近とみに人気なのがボルン地区。こちらはピカソ美術館界隈で、昔はちょっと危ない界隈だったが、今はすっかりお洒落な地区に生まれ変わり、若いデザイナーが最初のお店を出したい場所として人気。小さなブティックが並び、サンタマリア・デル・マール教会や旧ボルン市場周辺にタパス・バルが集中している。



今回行ってみたのはグラシア地区。かつて村だった趣をそのまま残している地区で、村の中の高級住宅区、庶民地区と顔つきもゾーンで違ってくる。庶民区に集中した協賛バルは、時間制限がなくビールと一品で2.40ユーロ、おまけにボリューム満点。この地区ではこのボリュームがなくては、住民は納得しないのだろう。特に凝ったものではない、普段のおつまみが多い。いわばB級グルメだ。4軒回って10ユーロ。これは友人と連れ立ってお賑やかに行くのが楽しい。



こちらは私の街でのタパス・ツアー。ちょっと小洒落たバルが多いせいか、おつまみもなかなかに凝っている。量も普通サイズ。時間帯が決まっているから効率よく回る必要がある。ちょっとしたゲーム感覚だ。


こちらバジリコパンのミニハンバーグ。6軒回ったらさすがに、もうビールには飽きてしまったけど(笑)。おつまみはそれぞれ被らないようになっているので愉しめる。昔はバルは親父の溜まり場的な感じが強くて、あまり気軽に(特に女性が)ビールとつまみを頼むなんてあり得ない感じだったが、時代はあらゆる意味でライトになってきている。サフォンの書いた時代にまで遡らずとも、ほんの四半世紀前のバルセロナは、ヨーロッパの中の田舎町だった。都市計画というのがいかに街の価値を高め、お洒落な街へと変貌させ得るのか、この四半世紀で目の当たりに見せてくれたのが、このバルセロナという街だ。

さて今週はランブラス通りでタパス祭りだとか。お値段は4.5ユーロ、格上のものを食べさせ愉しませてくれるのか、これまた楽しみである。
| るな | バルセロナという街 | 06:44 | comments(0) | trackbacks(0) | -
風が吹いている
麦畑には、なぜかいつも風が吹いている。そんな気がする。私が暮らしているのはバルセロナの近郊だが、電車でほんの30分も走ればバルセロナは田舎に戻れる。仕事で街を歩く私は、オフになった途端に街も人の群れも必要がなくなる。休日など、たぶん犬を飼っていなかったら一歩も外へ出ずに済む気がする。犬は偉大である。



晩春の早朝の光。オレンジ色を帯びた朝日の昇る頃、麦畑に吹き渡る風の孤独な冷たさ。橙色という言葉を、ふと思い出す。そういえば、小学生の頃、私は写生会でいつも最後に提出する子であった。早々に仕上げて帰宅する子もいる中で、時間はさほど私にとって重要ではなかったのだろう、いつも最後まで色にこだわっていたりした。日永同じ風景に向き合って、色が移ろっていくのに焦燥と、そして取り残されていくかの微かな不安を感じたり。



頭の上に、はらりぱらりと花が散る。シジミ蝶のような花蘇芳が降ってくる。見上げれば、緑の鸚哥が花を食しているのだ。そういえば一足早く咲いていた、私が愛してやまぬ山桜に似た桜の花も食していた、憎きやつ。鳥が苦手な私は鸚哥も鸚鵡も区別がつかないが、虫など食べているのかと思えば意外や、花の蜜が主食なのが多いとか。むろんバルセロナに元より生息している訳はないのだが、ペットで逃げ出したり捨てられたのが、大繁殖してるらしい。鸚哥を大量に輸入してきた船が港で事故に遭い、逃げ出した彼らが群れとなっているのだとか、いろいろ説はあるが、ガウディのグエル公園やディアゴナル通り、モンジュイックの丘など、ナツメヤシを街路樹としているところでは大繁殖している。ナツメヤシの樹は巣にもなれば、その実を食することもでき一石二鳥という訳だ。ぎゃおぎゃおと姦しいこと極まりない。我が家の隣にヒマラヤスギが何本かあり、その巨木に巣を作っているが、それが朝一斉に飛び立つ姿は壮観だ。一度我が家のテラスのガラス戸に激突したらしく、屍骸が転がっていて驚いたことがある。



この時期、森に入ると野生の蘭に出会うことが出来るのも愉しみ。下草の中に咲いているから、ほとんどの人は気づかないだろうが、今年は大きな株に出会えて嬉しい。昨年から茶道の会に参加していて、毎回花を添えるのが愉しみになっている。基本、森の散歩の途中で出会う花を持っていくのだが、さすがに希少種に手を出すのは恐れ多い。一般にランは蘭菌と言われるものが栽培に不可欠らしいが、この周辺には蘭菌が存在しているのだなぁ、と地面をしみじみと見てみるが、違いなどさっぱり分からない(笑)。



こちらは本当に地味な蜂蘭。花の形がクマバチの仲間の蜂のメスとそっくりなので,本物の蜂と間違えたオス蜂が交尾しようとやってくるのを利用して、受粉の助力をさせてしまうという面白い習性をもった蘭なのだそう。そう言われればクマバチがぶら下っているように見える。



紫リモドリュウム。にょきっと地面から突き出るように地味に咲いているので見過ごしがちだが、これも蘭の仲間。野の花を愉しむのは私の暮らしを彩る重要なアイテムだが、茶道を再開してから一層愉しみかたが広がったように思う。お道具に凝る気はないが、毎回添える花は大切にしたい。これはおもてなしの心意気であり、花から広がる会話もまた拝見の醍醐味のひとつだと思う。今日のお花は、と思いを巡らすことにより、より一層に四季の移り変わりに敏感になった気がする。



これはヤセウツボという寄生植物。何とも不思議だが、白詰草などに寄生するのだとか。根が繋がっているらしい。地中海原産だが、日本の国立環境生物所によると、牧草によって混入した非意図的外来種で、日本では要注意外来生物に指定されている。植物でも人間同様にあるんだわね、要注意外来種(笑)。

それから、お菓子。今年は八重桜の花と葉の塩漬けに挑戦してみた。道明寺粉がなかなか手に入らないので、糯米の干飯にも挑戦すべきか悩んでいる。ちょっと季節遅れだが、桜餅はやはり関西風に限る。お茶仲間と今日のお菓子はこれ、今日のお花は何々と、そんな会話から見えてくる世界は意外に静謐だ。季節の花、季節のお菓子、自ら心を砕いたものを添えて客を迎えることこそが、亭主の心意気というものなのだろう。そういえば大阪城で見た秀吉の金の茶室、贅を尽くしたとも言えない、まことに金に飽かした見事なまでの下品さであったなぁ。

今日は蓬を摘んだ。遠い昔、祖母と一緒に爪を黒くして蓬摘みをしたことを思い出した。そんな思い出を包んで、蓬餅を作ろうと思う。幼少年期の記憶は慈愛の味わいだ。
| るな | 野の花を摘みながら | 20:35 | comments(0) | trackbacks(0) | -
廃屋の春
今年は春の訪れが遅かった。いつもなら2月に入ればアーモンドの蕾がほころび、ミモザが咲き始めるというのに、いつまでも冷たい風が吹いていた。ようやく春めいてきたある日、花を訪ねて森深くに入った。毎年必ず訪ねて行く花がある。森の中の廃屋に咲く桜と李の木である。

 

桜といえば日本では染井吉野が一般的だが、私は昔ながらの山桜が好きだ。スペインでは桜は実のなる桜ん坊の木を指し、花を愉しむという感じではない。この廃屋に咲く桜は風情が山桜に似て、赤みを帯びた葉が花と一緒に出てくる。花の色も山桜に比べるとやや濃いのだが、このふわりとした咲き方が好ましい。



日本で言う桜色はほぼ白に近い色合いだが、ほんのりとした紅が美しい。桜を待つ心は変わらない。

 

もうひとつの花が、李の樹だ。夏に付ける小さく甘い実は散歩の時の愉しみのひとつ。春一番にアーモンドが咲き初め、あぁ、春が近いと思っていると、突然白い花が一斉に咲き出す。桜、李、スピノサスモモ、林檎に山査子。毎年毎年繰り返されるこの豊穣を、少しばかり胸が締め付けられるような思いで迎える。かつては収穫のために植えられていたアーモンドや李、林檎の木も、今は放置され野生へと帰っている。胡桃や無花果も、今は収穫する人もおらず、栗鼠や鳥たちの格好の食料だ。



畑地を囲むように咲く小さな白い花の灌木。スピノサスモモはその鋭い棘で放牧地の生け垣として使われたらしく、今はそれがどんどんと広がっている。この棘は思いのほかに鋭く、家畜に刺さると化膿するのだという。キリストのイバラの冠、そのイバラは何だったのか諸説はあるが、もっとも可能性が高いのはイスラエルに多く自生するトゲハマナツメとトゲワレモコウだが、ヨーロッパではイメージのつかみ易かったこのスピノサスモモや西洋サンザシなどの説もある。いずれにしても鋭い棘が特徴で、スピノサというのは棘を意味する植物名。要するに棘李だ。この灌木が夏になると青い美しい実を付ける。始めて見た時、ブルーベリーだと大喜びした私はさっそく齧ってみたが、渋くて大失敗。役に立たぬくせに盛大な実の付け方だと思ったが、なんのこれがナバラ特産のパチャランになるという。これを発酵させてお酒を作るのか、と驚いたが、何のことはないアニス酒にただ漬け込むだけだそうな。アニス酒自体が甘いから砂糖も何もいれず、香り付けのために数粒のコーヒー豆を加え漬け込むだけで良いそうだ。自分では飲まないくせに果実酒作りが好きなので、 一度作ってみると面白いかもしれない。



そういえば果実酒は色々作ってみたが、色味の美しいラズベリーや、杏、花梨も、焼酎の代わりにドライジンと氷砂糖で美味しく作れる。コツというほどのものはない。ただ、いかに収穫してくるか、そして熟成を待つ時間こそが愉しみなのだ。

ピレネーの山村に行かずとも、この近くにも廃屋は点在している。ピレネーの山村の廃屋は別荘として好まれ、入手は年々難しくなっていたが、経済不況のため今はどうなっただろうか。かえって街に近いところの廃屋の方が、中途半端な形でそのまま放置されているのかもしれない。私が花見に行く廃屋も、人が住まなくなってそんなに長い年月が立っているわけでもないし、私の家からだって歩いて1時間程度のところだ。十分に生活圏だと思うのだが、うち捨てられている。

私の友人が廃屋を買って自分たちで修復改築しつつ暮らして、もう十年以上経つ。別な友人も農家の作業小屋だったのを買い取って、自分たちで手を入れながら別荘として使っている。都会に暮らしていると、時に自然回帰の本能のようなものにどうしようもなく引きずられ、田舎の生活が恋しくなる。日本もどんどん廃屋が増えると聞くが、日本の廃屋の画像や映像を見ると、なぜか凄惨な感じがするのは何故だろう。木の家と石の家では崩壊の仕方が違うからだろうか。ピレネーの山村に行くと、歯が欠けたように家と家の間に廃屋があり、屋根が落ち木の梁が朽ちているのが見える。恐らく使えそうな瓦などは持ち去られたのだろう。



日本は空き家が異常な数で増えているそうだ。崩壊しそうな空き家やゴミ屋敷の様になっている空き家などは、特定空家に指定され税金が6倍になる制度ができたと聞く。更地にするにもお金がかかるし、更地にしたからといって売れるわけでもないと、どんどん空家化していくだろう。仕事仲間の日本の実家が空き家になっていたのが、突然買い手がついたと言う。自分たちは既に持ち家があり、もう誰も住まないと判っている実家なのに、売れた時には泣いてしまったそうだ。女三界に家なし。とは言え、女にとって実家というのは幾つになっても心の拠り所でもあるのだ。

昨年友人の母上が亡くなった。九十歳を超えての大往生であったが、母親を失った今、私の友人は痛切に故郷の喪失を感じていると言う。母の居た処こそが故郷であったのだ。別な友人は生涯独身だった叔母たちの後片付けに追われている。子がない場合、やはり九十歳を超えて最後はどうするのか、誰が決断するのか。大きな責任を負わされ友人は疲労困惑していたが、最終的には施設に入所させたそうだ。今は子供がいても最後は施設に入る時代だ。一体いつ、いかにして自分に決断させるのかを考えていなくてはいけない時代なのだろう。我が母は、あと十年は頑張ると言っている。嬉しい限りだ。逆縁にだけはならないようにと思いもし、私が故郷だと思ってくれるであろう我が子のためにも、次の春を待とうかと思う。
 
| るな | 雑記 | 19:39 | comments(0) | trackbacks(0) | -
早くしないと日が暮れる
日脚が少しずつ伸びてきたのが分る。朝の散歩も明るくなってきて、モノの形が見えるようになってきたし、霜を踏む音もかすかになってきた。春が近い。春が近いという心持は、幾つになっても良いものだ。なのに、心のどこかで早くしないと日が暮れるぞという声がする。心の片隅が日暮れて行くような。これって単に病み上がりの気弱さからなのだろうか。



黄昏時の街を歩く。家々の灯がともされる時間も早いせいか、普段は奥暗い扉の向こうに海が揺らいでいるのが見えた。何処へ誘うゆらぎなのか、この淡い灯火の生み出す影が溜息をつきならが寄り添ってくるような…。そんな幻想を垣間見、垣間見しつつ街を歩く。



ガウディの作品の中では、この天井が一番好きだ。以前は展示スペースだった為、光が遮断され綺麗に見えなかったこの天井も、今はカフェになっているので誰でも愉しめる。でも、もし出来ることなら一人でゆったりとしたソファに寛ぎながら黄昏てゆく光を追っていたい。海の底に揺らぐ海藻の気持ちが味わえるやもしれぬ。あるいはミレーのオフィーリアの...



光は生まれ、そして消えて行く。そのあわいの中で色彩が生まれ、そしてそれもやがては移ろっていく。忙しい日々の中で、ふっと何かに魅かれるように見返ったその瞬間に、私を捉えてやまないモノが姿を見せる。忙しく生きてきたここ十数年が、時には何の意味もなかったのではないかと鬱々とした心持に傾きそうな瞬間、黄昏て行く最後の光に私はしがみつく。今夜はただゆっくり眠ろう、どんな諍いもどんな行き詰まりも思い起こすことなく、この最後の光だけを胸に抱いて。この消えゆく光が明日には新たな光に蘇ると信じて。このステンドグラスの扉の向こうへ、一歩踏み出す勇気を持ち続けることが、まだ自分には出来ると信じて。

冬のバルセロナの街を歩く。冬でも晴れていることが多いバルセロナでも、何日かは灰色の空が重く被さり、ティビダボの山が霧に覆われ見えないほどに冷え込む日もある。人が家路を恋しく思い急ぐ頃合い、扉の向こうに灯が点る。こういう扉があったら、哀しみも光に融けていきそうな気がする。



だが、逆にこんな立派な扉に護られた世界にいたら、外の世界には踏み出せなくなるのでは、という気もする。窓を開ける、扉を開く。まずはそこから全てが始まるのだろう。

アーモンドの花がほころび始めた。書を捨てよ、野に出よう! そして、行きあたりばったりで跳べ(笑)! もうすぐ春。
| るな | バルセロナという街 | 04:33 | comments(0) | trackbacks(0) | -
立春大吉
この冬は遅くに寒波がやって来た。暖冬とばかり思っていたら、後ろから濡れ手でやられたという感じのする寒さの来かた。元来弱かった気管支系統が打撃を受けて肺炎寸前に陥り、10日間の安静を言い渡された。7年ほど前にもほぼ肺炎という状態になってペニシリン治療を受けたことがあるから、これで2度目。冷たい風に弱いのである。世間の。と、言うわけで、普段飲み慣れぬ薬を5種類も飲まされ、忘れないようにするだけでも大変だ。肺に冷たい風を入れるな、極力出歩くな、ときつく言われてマスクを取りだしはしたが、さすがにこれで外は歩きづらい。以前にマスクをして早朝の散歩をしていたら、顔見知りに「どうした、何かあったのか?」とやたら言われて、こりごりである。早朝は時にはマイナスにもなる田舎住まいだから、散歩はネックウォーマーと帽子でほとんど目だけ出ている容貌なんだが、こちらの方が怪しまれない、というか。そもそも医者もマスクを勧めたりしない、そんな存在すら知られてない感じ。

今日は立春大吉。雪だ。初雪にして、恐らくは最後の。



新年のご挨拶に代えて、私の最新作です。

 
| るな | 雑記 | 20:31 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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