風の色、海の色、バルセロナ色

バルセロナからの気ままな風。
犬連れバカンス その2
晴れたり小雨がぱらついたりの中、お腹の満たされた二人、食後の腹ごなしに更にヴェズレーの街をぶらつく事に。交代でマツを見ながら、それぞれ面白そうなお店に顔を突っ込む。まぁ、お店があるのは街の入り口から真っ直ぐに伸びた大聖堂への道だけなのだが、骨董品屋(ガラクタ屋も)が何件かあって、冷やかしでなら、まぁまぁ愉しめる。



色鮮やかなロウソク屋さん。みんなその果物の香りがする。店内も可愛くて、マツもOKだったのでみんなで匂いを嗅ぎまくるも、優しいオニーサンはニコニコ笑って寛容なお方。







スペインからフランスやイギリスへ行くといつも思うのだが、この石の濡れたような色合いと植物の瑞々しさが羨ましい。多種の花が咲き乱れる庭の美しさ。窓の取り方も細長く、明かりとりの為にか鎧戸には可愛いく菱型やハート型に切り込みが入れてあったり。少し濡れた石畳が一足早い秋を告げている。

夕方お迎えに来た夫は「やっぱり3つは回れなかった」と言いつつも、シャブリに行ってランチを食べては来たらしく満足気。魚介には白と言われはするけれど、生臭さが抜けなかったりするので、基本的にはカバ(スペイン産シャンパン)との組み合わせが好きだが、シャブリは別格。お土産にGrand cru (特級)、Premier cru(1級)、普通のシャブリと買ってきてくれたそうなので、クリスマスには生牡蠣と…、と先に愉しみが増える。歳取るとニンジンがぶら下がらないとやって行けません、って。

さて、ランチを目一杯摂ったせいか、今夜は3人ともに夕食抜きで早寝。明日は5時起きでまたもや早立ち。いよいよ息子がもう一度見たいと言ったルドゥーの製塩工場に向かう。ショーって何処でしょ? 何処にあるのかは夫まかせ。自慢じゃないけど、私は有名な方向音痴なのでした。どうも更に北上するらしい、そしてその後一気に南下だとか。またもや長い1日になりそうな予感…。

| るな | 旅にしあれば | 00:26 | comments(0) | trackbacks(0) | -
犬連れバカンス その1
さて今回の旅はマツを連れて行く事になった。ダル3匹は到底無理なので、お預かりにさほど問題のないメスのベルとランはベジェスに頼む事にして、オス同士では折り合いの旨くいきにくいマツは、我々のバカンスにお付き合いする事になったのだが、1匹だけの特別待遇というのは生まれて初めての経験であり、しかも街を行けば犬好きフランス人から「いい犬ね!」と声を掛けられ、ご機嫌な事言うまでもない。



専制君主の圧政から逃れた農奴の如く、息子と私は聖堂裏の野原でひと息。マロニエの葉が色付き始め、ブルゴーニュは秋の気配。暫し流れる雲の形を愉しむ。マツも久々に野原で遊べてご機嫌。頭の蓋が少しずつ開いて、中のモヤモヤしたものがどんどん流れだしていく感じ。私の好きなフランス人コミック作家ボードアンの主人公みたいに、流れる思考(むしろ情緒か)。あぁいうごく感覚的な世界が近くに感じられるようになった時こそ、旅の始まりかもしれない。



何よりも食の心配をする息子と二人、この旅初めての食べ歩き。慌ただしい出立ばかりでまだ美味しい朝食にあり付いていないのが、まずは最初の不満。という訳で蜂がブンブンと飛び交うパン屋さんのウィンドウに美味しそうなブルーベリー・マフィンを発見。息子はアップルパイ。これを食べ歩いて、まずは街を探索。通りにフランスらしい看板をたくさん見かける。こういうのが街歩きの楽しみ。大聖堂だけ見て「はい次」では、味気ありませんってば。






さすがに大聖堂とその丘の街自体が世界遺産と言うだけあって、街並みは美しく保存されている。荒れ果てていたサント・マドレーヌ大聖堂を修復したのが、夫の研究対象であるヴィオレ・ル・デュックとあっては、まぁここに来たかった理由は解るのだけれど…。



大聖堂は至極シンプルで、ステンドグラスがほとんどない故か白々と明るく、柱頭をじっくり見て聖書の物語シーンをあれこれ思い描く事が出来る。地下納骨堂にはマグラダのマリアの骨が分骨されているのだとか。大聖堂に至る道にはサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼のシンボル、金の帆立て貝が埋め込まれており、城門にはこんな記念碑もあった。



さて、フランスは犬に優しい国で、一緒に宿泊できるホテルは随分たくさんある(一部割増料金制)。フランのドッグ・ショウに参加したり、旅行したりした時にも困った覚えはない。スペインもフランスのホテルチェーンが増え、ショウに行く時には便利になってきたが、やはりまだまだ一般的に泊められる宿は少ない。ましてレストランとなると到底連れては入れないのだが、フランスでは結構好意的である。さすがにちょっといいレストランとなると無理だが、ランチを食べる程度のところは割合簡単に見つかる。

それでも迷惑を掛けにくいテラスがある処がいいかしらんと、何処でランチを食べようかと探し歩いていると、マツがじっとある戸口を覗いている。ん? あら、犬のドアストッパー? という事は犬好きかも?? と早速聞いて見ると、どうぞどうぞとマツごと席に案内して貰え、雨が近い空模様だしありがたい。



店内には犬のエッチングが数点、さりげなく飾ってあって、大振りなコスモスと百日草が優しい色合い。ワインもグラスで数種愉しめるようになっているので、息子と二人白と赤、それぞれ別々な銘柄を頼む事に。白はシャブリ。そう言えば夫はシャブリに行ったかな? オーナー夫人がマツにお水を持って来てくれ、それがなんとシルクハット型。Moëtのマークが見えるから、シャンペンを冷やすクーラーらしい。マツがぐっと紳士に見えてきた。



デザート代わりにチーズを選んだ息子、ワゴンでやってきた濃厚な山羊チーズが幾種も混じり合った匂いに、う〜ん…。マツもうぅ〜ん。毎日は疲れるけど1日おき位なら、この濃厚な食生活もまだいける。



私は大好物のタルト・タタンを堪能。外は小雨、そして再び太陽が顔を覗かせる気紛れな天気。気温13度と言えば、バルセロナは初冬の気温だ。窓から傘をさす人、コートの襟を立てる人を眺めながら、息子が「イギリスの天気みたい」とポツリ。あぁ、彼もまた旅立って行く人なのだった…。約3時間の昼食をのんびりと終え、店を出るとドアは閉められ、私たちを招き寄せてくれたあのドアストッパー犬君がお別れを告げていた。さようなら。

| るな | 旅にしあれば | 13:01 | comments(0) | trackbacks(0) | -
夏の終りの反乱
今年の夏は、ただただ、忙しかった。インフルエンザの影響でそう忙しくはあるまいと踏んだ仕事仲間が、次々と休暇を申請し、息子のせいで予定がなかなか決まらず「う〜ん…」と思案しているうちに、気がついたら居残り要請を受けていた。そしてインフルエンザ日本蔓延のお陰なのか、海外に出る事に気兼ねが無くなった人たちがどっと押し寄せてきた8月、バルセロナは数年ぶりの猛暑であった。

とにかく頭がボ〜ッとしそうな程に働いたので、更なる仕事の依頼を断って数日バカンスをとることにした。息子ももう直ぐイギリスに帰ってしまうので、最後の家族旅行になるやもしれぬ。バカンスの計画など考える余裕もない私に代わって、夫が全ての計画を立てた。蓋を開けてみれば、夫が今ハマっている聖杯伝説だとかの影響で、ひたすら修道院を求めて大地を走る旅と相成った。



初日は何を見たのかほとんど記憶にない。「思ったより美術館が良かったよ」と息子のコメントで、あぁ、そう言えば、若きピカソたちが根城にしていたらしいフランス側のピレネー小村で、キュービズムの作品を集めたこじんまりとした美術館に行ったっけ? という程度の記憶しかない。仕事から逃れてきたという実感がまだ湧かぬうちの、茫漠たる記憶。

やっと酸欠状態だった頭がどうにかこうにか息をし始めた状態で、気分はハイになっており、すこぶるご機嫌であった。久方ぶりのフランス料理の濃さも、リモージュのワインも美味。仏蘭西に行きたしと思へど仏蘭西は余りに遠し、などと朔太郎に思いを馳せたりして半酔っぱらい。フランス料理のしつこさを単に忘れていただけだったけど…。



そして、その後に地獄の建築ツアーが始まった(いつもの如く)。あぁ、しまった、忘れていた、夫はモノにハマると家族の疲労困憊退屈至極などお構いなしなのであった…! 北上、北上、ひたすら北上。どうにか明るいうちにコルビジェの修道院ラ・トゥーレットへ着く。「え〜っ、まだ走るのぉ!」と散々ぼやいていた息子も、着けば着いたで夢中である。くそっ、親子2代で建築馬鹿か?



丸や四角や三角や、そんな幾何学の中にあるコルビジェ的有機曲線。修復中なので、生きている人の香りがしないのが残念だ。何年か前に見たロンシャン教会は人の香りがしたし、今も使われている構造物の持つ誇りの様なものがあった。これは廃墟になる一歩手前、ユネスコ申請の為に救われたのかなぁ。



ちょっとミロの「女と小鳥」とかを思い起こさせる形態。コルビジェにはワザとらしくない遊びがあって好き。下手にやるとあざとくなるのに、そうならないのは絵画的だからなのかも。コンピュータのない時代の方が世界に奥行きはあったなぁ、と再認識。



しかし、点と点を結ぶような旅に疲れて、息子と私はしばしば反乱を起こした。3日目、シト―派の修道院を3つ回るという夫とついに決別、私たちはヴェズレーの街に残る事にした。入念な下調べをした夫とは違い、前日まで仕事に忙殺されていた私は、ヴェズレーはフランスからのサンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼ルートの起点のひとつ、としか頭に入っておらず、この小さな町に見るべきものがいかほどにあろうとも知らなかったが、ただ呑気に街を歩きのんびりした時間を過ごしたかっただけで、それは権威的な薀蓄を聞かされる息子も同じ思い。大聖堂の後陣裏の広場で、息子と二人足を延ばし、ただぼんやりとブルゴーニュの風に吹かれ、雲を眺めた時、やっとバカンスに来たのだという気分がした。同行したマツも同じだったに違いない。



サント・マドレーヌ大聖堂はマグラダのマリアのフランス名と聞かされていたが、ヴェズレーは『フランスで最も美しい村 L'un des plus beaux villages de France』のひとつに認定された小高い丘の町で、大聖堂とその丘は、世界遺産に登録されている。私にとっては頭の中を空白にする為のバカンスであり、旅である。自分で見たものを素直に愉しむ為に、ぶらぶらと街歩きを愉しんでみる事にしよう。続きは次回に。

| るな | 旅にしあれば | 17:43 | comments(0) | trackbacks(0) | -
マジョルカの旅 行き当りばったりお土産さがし
見たかったものは見たので、あれこれとお土産を求めての四方山話を。これはシウレリェスというマジョルカの人形。ミロのアトリエにも飾ってあった。



さて。今回の仕事は日本からの客船がマジョルカに入るというので、バルセロナから仲間たちと出稼ぎに行くというのが本来の目的なのだが、自分が暮らしている街でもない所を案内するというのは、まぁチョイと緊張を強いられるものではある。

だが、今回のインフルエンザ騒ぎ(スペインではインフルエンザA型と呼ぶ)というのは、何なんだろうか。2週間ほど前の別な日本の客船では、乗客全員マスクをするようにという指示があったので、グエル公園やサグラダ・ファミリアにはマスク人間が溢れていた。今回もそんなかと思ったら、船長が船に立ち入り検査で乗船するスペイン人に対し、インフルエンザに掛かっていないという証明書を出すよう求めたというので、これが新聞沙汰になってひと騒ぎ。

ヨーロッパでは予防の為にマスクをするという考えがないので、まずマスクをしている者は感染者のような目で見られる。それが数十人単位であちらこちらにいるんだから、異様な雰囲気なのは言うまでもないが、何より不思議なのは「でも、インフルエンザはインフルエンザじゃん?」と思っているので、なんでそんなに過剰反応するのかが理解不可能だという事だろう。ま、首都圏では対応の限りがあるから、すぐに「季節型同様の扱い」に下げられるんだろうけど。みんなが一斉に踊り出すのが理解できない、罹患者に同情ではなく誹謗中傷が殺到するのも理解できない。出る杭は打たれる、みんなと同じなら安全、てことか。ある意味恐ろしい事だ。

さて、土産を買わなくてはならない。マジョルカの名産と言えば、まずはマジョルカ・パール、マジョルカ・ガラス、エンサイマーダ、ソブレアサーダ、マジョルカ織り、オリーブ細工、土人形、等々思い浮かぶが…



これは樹齢千年といわれるオリーブの木。街の真ん中にあり格好の待ち合わせ場所。しかし、カタルーニャにだって樹齢二千年と言われるものがあるし。オリーブの木の細工ものは頑丈で油にも強いのが有名で、サラダボウルやサラダサーバーなどが人気だが、人形やサラダボウルなど重いものを買って帰る気にはならない。やっぱりエンサイマーダでしょう!



マジョルカ帰りの人はこれを5個6個と積み重ねてお土産にするのが習わし。しかし、どうせなら土産物店で売られている大量生産の工場ものではなく、美味しいものを買って帰りたい! という事で、ここは地元っ子に聞こうと思ったら、マジョルカ在住の仕事仲間もパルマの街は良く知らないのか、何を聞いても当てにならない。ではというので、地元ガイドのマジョルキン(マジョルカ人)に聞いてもお土産店を勧めるおざなりさ。一応こっちだってプロなんだから、そういう対応はないんじゃないの、いくらお上りさん的とは言え、え? と内心は不満だらけだが、当てにならないもの相手に時間をつぶす暇はこちらにもないので、すぐに頭を切り替えて、街の中で地元っ子を捕まえて聞こうという訳で、仕事仲間と街をウロウロ。 

早速捕まえました、お買いもの中と思しき70代の母親と40代の娘。美味しいお店を教えて、という問いにすかさず母親がマジョルキン(カタラン語のマジョルカバージョン、バレアレス諸島の公式語)で「エンサイマーダならここよ! ちゃんと自分の店のオーブンで焼いているのよ」とお勧めしてくれたパン屋さんへ。マジョルカのエンサイマーダはその大きさが特徴で、勿論一人用の何処でも作られている20センチ弱のサイズもあるけど、何と言ってもお土産用サイズは直径50センチほどの大型菓子パン。何にも入っていないプレーンなものと、カベッサ・デ・アンヘル(天使の髪の毛)というかぼちゃのジャムが入ったもの、クリーマ・ケマダ(カスタードクリームに焼き目を付けたもの)、チョコレートと選べる。さすが人気のお店、大きなものは二つしか残っておらず、おまけに私の好きなカベジョ・デ・アンヘルはとうに売り切れ… 何にもなしも淋しいのでクリーマを入れてもらう事に。しかし、これが絶品。名物にもうまいもの、あり。でも、重かった…。

次いでソブレアサーダを買う事に。これは豚肉にパプリカ、塩などを効かせた腸詰で、パンに塗って上にチーズなどを載せて焼いて食べると美味しいマジョルカ伝統食。ちょっと味が濃厚なので最上級の黒豚のものを1本だけ買う事に。25cmくらいの長さがあるが8ユーロ弱。保存食だし当分愉しめる。



まずは食べるものを確保したので、私としてはマジョルカの布が欲しかったが、残念ながら土曜の午後から日曜はこの布地の専門店はお休みで、探し当てたお店の前でガックリ。この布は綿と麻の混紡で日本の絣のような風合いの布地。しかし生地は厚めで、どちらかというとカーテンやクッションカバーなど用だ。しかし地味な店で店先にはこの展示しかなく、探しているのでなかったら全く気がつかなかっただろう。

マジョルカ・パールは人工真珠としては最高級として有名で、それなりのお値段がするし、確か10年保証が付く。真珠は私の誕生石でもあるが、これは昔、夫が出張のお土産として買ってくれたのがあるのでパス。後はマジョルカ・ガラス。



昔、工房を訪ねた覚えがあるが、どちらかというと上記の画像の様な民芸風なグラスや、砂の中で冷ました昔ながらのローマ風の花瓶が主だった覚えがあったけど、最近は随分とお洒落になってまるでヴェネチアのムラノのような雰囲気(あくまでも)の皿やアクセサリーに力を入れている。ただ洗練の度合いからいくと、コスタ・ボダやヴェネチアものには到底及ばない。グローバル化しても土着性が残るのがスペインらしいが。記念にひとつ買ったのがこのペンダント。



やっぱりお買い物は愉しい。お土産を探すのも旅の愉しみの一つだし、お土産を買って帰る相手がいることも喜びのひとつだと、一人旅をしてしみじみ感じる。待つ人がいるのはいいものだ、さぁ、お家へ帰ろう!

| るな | 旅にしあれば | 09:03 | comments(0) | trackbacks(0) | -
マジョルカの旅 クリスチィアーナ・レーア展
バルセロナもそうだがマジョルカのミロ美術館も、ミロの常設展とは別にコンテンポラリアートの企画展を常時行っており、今回偶然だがクリスティアーナ・レーア展を観る事が出来た。



自然にあるごく普通の植物が別なものへと意味を換える。植物がこんなにも幾何学的美を持っているという事に、今更ながら驚かされた。建築的ですらある。



動かない世界。有機的なものが無機を通過して、更に新しい世界を構築する不思議。こんなにも作品に向かいあい、息を殺し見つめたのは本当に久しぶりだ。観る者の足を一歩、また一歩と近づかせ、目を凝らさせずにいられなくするのは、単にその技術的な手法を見極めようとさせるからだけではない。この日常を超えて存在する、遥かに普遍的なものを感じとりたいと希求するからだ。



タンポポ。空を飛ぶ事なく時を止めた世界に閉じ込められたタンポポ。一瞬色の抜けた海胆の殻かとも見え、海のイメージが広がった。



何やら乾いた隠微さすら感じさせる植物の実で創られた襞。人間の内臓の様でもあり、グロテスクさもちらり、と。



墨汁を使ったドローイングが何点か出品されていた。線はのびやかで、当然ながら空間の計算がなされている筈だが、偶然性をも愉しんでいるような。晩年のミロの作品にも通じるところがある気がする。ただレーナの作品には、ミロのような空間を引き締める色がないので、植物のツルが果てしなく伸びて行きそうな雰囲気を与える。

今回の旅でこの企画展に出逢えたのは、思いがけない収穫だった。旅は良し。
| るな | 旅にしあれば | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0) | -
マジョルカの旅 ジョアン・ミロ美術館2
さて、セルトのアトリエの脇にメインとなる美術館を設計するというのは、大変なプレッシャーだったと思うが、ミロの意向を活かしたセルトの設計コンセプトを、ラファエル・モネオはうまくInterprete(表現解釈)しているのではないかと思う。自然光の取り入れ方に工夫がある。雪花石膏をガラスの代わりに入れて、カーテンを使わず光を調整し柔らかなクリーム色の世界を創り出している。庭からの光を下方から取り入れ、うまく借景にも活かしている。

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作品に合わせた空間を創れるのは、個人美術館の強み。このロマネスク教会の厚い壁に開いた小さな窓の様な、光の取り入れ方も好き。やはりヨーロッパの建築家は、あらゆる意味で素材を良く知っている。光も空間も、既に自分たちの歴史の中にある。

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こんな空間の切り取り方。前日に見たパルマの旧市街の街並みを彷彿とさせる。通路は別な世界への回路であり得るのだという事。見えない角の向こうに待つ見知らぬ世界への期待。そこには光がある。




バルセロナのミロ美術館も庭園や屋上空間をうまく生かしているが、3つの建物を巡るせいか、ここは庭園美術館の趣きが一層強い。これは帽子の箱と犬の首輪を組み合わせたものからイメージされたオブジェ「人物」、頭にはミロのお気に入りのテーマ、小鳥が載っている。



残念なのは、パルマもやはり乱開発を許しているという事。少なくともマジョルカの大きな観光財産であるミロ美術館周辺の乱開発は、食い止める配慮があってしかるべきだったという気がする。ミロの暮らした頃には無かった高層の建物が風景を無残に切り取っているし、塀を接して建てられている隣家からは無粋にも大音量のポップ音楽が押し寄せて来る。これが雑多な民族(ドイツ人とイギリス人の移住者が圧倒的に多い)の為の開発によって暮らしが成り立っているマジョルカそのものと言えば確かにそうなのだが、そろそろ固有の文化遺産を守る事が自らの未来を護る事だと学ぶべきだろう。
| るな | 旅にしあれば | 10:26 | comments(0) | trackbacks(0) | -
マジョルカの旅 ジョアン・ミロ美術館1
さて無事仕事も終わり、ミロ美術館へと向かう事に。バスで揺られて行くのだが、バス停名にミロ美術館とも何もない、ただ通り名と番地だけという不親切な駅名。いかんなぁ、観光で喰ってる土地柄なんだからなぁ。そう言えばマジョルカに暮らしている日本人女性たちが、マジョルカ人気質は日本人気質と相通じるものあり、これ島国根性なり、と言っていたが、成程ね。最もカタラン人だってどっこいどっこいだけど。カタルーニャはスペインの中の出島みたいなものか? と、関係のない突っ込みを入れながらミロ美術館に到着。

FPJM1

ミロの作品自体はバルセロナのミロ美術館の方が、幼少年期からの展示があり見ごたえがあるので、ここではむしろセルトとモネオの建築に興味がある。ミロの初期のアトリエだった18世紀末の民家、1956年のジョセップ・ルイス・セルトが設計したアトリエ、1992年のラファエル・モネオが設計した美術館、と3部分から成り立っている。

セルト1

セルト2

この建物は、油絵を何点も同時に描けるアトリエを持つのが夢だったミロが、友人のセルトに依頼したものだが、当時独裁政権下のスペインを逃れアメリカのハーバード大学で教鞭を執っていたセルトは、図面を送れはしても現場を指示しに帰国する事は叶わなかったらしい。ミロは友人を煩わせたくないと建築模型を依頼するのを躊躇していたそうだが、見かねたピラール夫人がこっそりとセルトに依頼。その模型はこの箱に入って届けられた。



図面も飾ってあるのだが、やはり建築において模型は重要だ。この模型なくしてはセルトのイメージを明確に伝えることは不可能だった筈。自然光をフルに取り入れた明るい室内、2階に作られた通路からは角度を変えて作品と向き合う事が出来る。至る所にミロがアイデアやイメージを抽出したピンナップやオブジェが飾られていて、これがあの作品へと展開して行ったのかしらん、といった愉しみ方も。このアトリエ設計のお礼に、ミロはセルトのマサチューセッツにある自宅サロンの壁画をプレゼントしたそうだ。カタラン人同士の深い友情だ。



セルト3

こんな椅子も可愛い。ミロの昆虫好きは有名だが、蝙蝠や蛙の骨の標本も。愛しいものは何もかもが彼の中では並列なのだろう。

椅子

南フランスのマーグ美術館と、バルセロナのミロ美術館もやはりセルトの設計で、ここのアトリエのコンセプトが活かされている。これでセルトは3作品を見た事になるけど、やはりこのアトリエが一番好きだ。友人の為の空間という優しい眼差しが感じられるからかも知れない。
| るな | 旅にしあれば | 18:57 | comments(0) | trackbacks(0) | -
マジョルカの旅 バルセロ
仕事の関係で2泊ばかりマジョルカ島に出かけてきた。5月も半ばというのに低気圧の影響で前日は嵐だったが、無事に天候は回復し気温が急に上がった。とたんに蒸し暑くなる。仕事とは別に、今回見たかったものがミロ美術館と、カテドラルのバルセロのテラコッタ。

マジョルカのカテドラル

やはり、マジョルカ島のカテドラルは船から見える姿が素晴らしい。もう何年も前だが、バルセロナからフェリーで来た時は早朝のやや群青がかった光の中に、遠くから徐々に姿を現すカテドラルは気高くさえあったが、こんなに晴れた日に地上からただ眺めるとあの感動は味わえない。ま、仕事で来てるし。

仕事の下見を兼ねての見学だったが、ここのカテドラルはガウディが天蓋や内陣の柱の燭台飾りを請け負った事で有名だが、あまり明確な印象が残っていなかったのは、しょせん装飾だけだったからだろう。今回間近かに見ても、やはりこれと言って記憶に残らない。

バルセロは2年前にマジョルカのカテドラル(大聖堂)の中の礼拝堂に、壮大なテラコッタの作品を完成させたという特集を見て、ぜひ一度実物を見てみたいと思っていた。タピエスに次ぐ現代スペインを代表する作家で、マジョルカ出身。ジュネーブの国連欧州本部内会議場の天井画を昨年完成させたことでも話題になった。

バルセロ

後陣脇の聖ペドロ礼拝堂全面をテラコッタが覆っている。正面中央に白く浮かび上がっているのがキリスト。暗黒舞踏の如くに白塗りで、傷口だけが赤い。左壁は使途ペドロの奇跡の漁のシーン。上の方から魚が網に向かってなだれ込んでくる様が表現されていて、ウツボが口を開けていたりタコがいたりと、造形的に面白い。右壁は旧約聖書のマナの収集のシーンで、天から徐々に形を変えつつ地上にパンの山を築いていく様が。スイカやレモン、メロンなども地上の恵みを表現している。いかんせん暗いのと、間近に行かれないのとが残念だが、教会が長い間芸術家のパトロンだったことを鑑みても、まぁ、大聖堂でこんな前衛的表現を「お任せ」する力は凄い。妙なところで感心してしまった。

これだけの作品をテラコッタで作るのはさぞ大変な作業だろうと思うが、イタリアの窯で焼いたそうだ。制作過程のビデオを偶然ミロ美術館で流していて、肉体労働者の如き体格のバルセロは若々しく茶目っ気があり、なかなかに魅力的だった。ちょうどバルセロナのCaixaフォーラムで特別展をやっているようなので、あまり彼の絵画には魅力を感じないが見て来ようかと思う。ジュネーブの国連の天井壁画も、落っこちて来ない前に見てみたいもの。
| るな | 旅にしあれば | 07:14 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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